カテゴリー

全件表示 (5082) 福袋 (16) 新入荷商品 (116) 祝新入学・新入社フェア (136) みどりの日フェア (84) アウガルテン (89) アビランド (395) アラビア (5) ウェッジウッド (1087) エインズレイ (50) エルメス (146) クラダリング/クリスタルダルク (6) クリストフル (92) サルビアティ (59) ジョルジュボワイエ (25) スポード/ダッチェス (27) スワロフスキー (88) バカラ (244) ビレロイボッホ (10) ビングオーグレンダール (18) フッチェンロイター (59) ブルガリ・ローゼンタール (36) フュルステンベルグ (3) ヘキスト (22) ヴェルサーチ・ローゼンタール (48) ヘレンド (434) ボヘミア (65) ホヤ (17) マイセン (486) 赤葡萄・白葡萄/ その他 (1) 青い花 (15) アフロディテ (6) アラビアンナイト千夜一夜 (8) アルペンフローラ/ フローラ (14) イヤーズプレート (22) 1996年復刻イヤープレート (8) 記念/ メモリアル・プレート (8) イェロー・オレンジローズ・バラと忘れな草 (2) インドの花・各色 柿右衛門写し (13) ヴァインリーフ/ 柊南天染付ゴールド (2) X / B・フォーム (13) 花鳥虎文・402110  (1) 果物模様/ 花と果実/ フルーツと花 (8) 御所車花模様 (6) シノワズリ緑龍/ ミング(明代)ドラゴン (4) 写実的な花/ ドイツの花 (3) シャドウフラワー/ 柊南天金彩 (8) ジャポネズリ・ストローフラワー (4) 祝祭舞踏会/ マルガリータ (2) 松竹梅柴垣鳥文・455110  (1) 松竹梅虎文・401110  (1) スキャタードフラワー(散らし小花) (4) スワンサービス/ ワトーグリーン (4) そよ風/ ベゴニア/ 森の声 (8) 太湖石に花鳥文・341110 (1) 中国蝶文・393110  (1) 東洋の伝説動物・571310  鳥と小蝶/ マイセンバード (7) 波の戯れホワイト (15) 花と蝶/ リアルな花と蝶 (5) 昼顔/ ローゼンブーケ (5) 二つ花 (39) プラチナコバルト (4) ブルーオーキッド (19) ブルーオニオン (44) ホワイトレリーフ (6) マイセンのバラ (2) 真夏の夜の夢 (16) 三つ・四つ・五つ・六つ 花 (10) 水辺の動物・花 (7) 緑の花束 (6) メロディードラゴン (8) (様式的な花)ドイツブルメン (7) 龍と鳳凰文 (6) 和風花鳥文金彩・465110  (1) マイセンVIP/ロゴ (11) マイセン特撰・限定洋食器 (23) マイセン特撰限定ベース (20) マイセン特撰限定オブジェ・キャンドルスタンド (11) マイセン磁板画 (19) マイセン人形 (27) ミントン (41) メニュー(デンマーク) (7) ラリック (6) リーデル (5) リチャードジノリ (846) リヤドロ (55) レイノー (5) ローゼンタール (5) ロイヤルアルバート (57) ロイヤルウースター (28) ロイヤルクラウンダービー (21) ロイヤルコペンハーゲン (434) ロイヤルドルトン (37) ロイヤルベルリン・KPM (8)

マイセン > アルペンフローラ/ フローラ

輸入洋食器店アイン お宝倉庫
大阪市にある洋食器、輸入食器専門店のアイン
ウェッジウッド、マイセン、バカラ、ロイヤルコペンハーゲンなど
様々な食器を販売しております
  • マイセン 【フローラ 704890】 ティーC/S・28633 25%Off
    マイセン 【フローラ 704890】 ティーC/S・28633 25%Off
    61,875円

    本体価格: ¥75.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。    

                             

    通常20%Off   祝新入学・入社フェア  (本日~04/15) 25%Off


    ms.jpg
    ブランド箱 385円   ギフト包装用に正規代理店から購入

    お熟成価格は 安くて美味しい。お熟成ワインは ボージョレヌーボーより美味しいですが プレミアムが付いた分 高くなる。何故 お熟成アインは 安くなるんですか ? お熟成のプレミアムも お客様に差し上げているからです。

    主だったお店を調べまして 一軒 一客だけを持っている店(売り切れ)を見つけましたが お熟成アインが一番お安くなってます。
    それではお熟成アインは 何故 お安いのでしょう ?  それは 売るのが下手だからです。大概のお店は 色々な宣伝広告に金をかけたり ポイントで釣ったりして上手にお高く売られます。売り下手のアインは ひたすらお熟成 お値打ちのつくのを待ちます。だからいつの間にか 一番お安くなるのです。お熟成アインの真骨頂 ! !  

    こだわりの 岡本 笥椎(ジュンスイ)
    家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあらば 椎の葉に盛る 有間皇子 万葉集 巻二(一四二)
    (私の号する笥椎とは 華やぐ器 実用の器を意味します。まあ茶碗というところです。)

    当店のお品は 総て 現地在庫を漁らず(現地では B品の販売があり その混入を避けるため) 欧州代理店を通じて 各メーカーに 発注しております。   

    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。
    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    flowers floral
    ジョセフ・バーナード 1864-1933
            
    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。

    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『変身物語』『愛の歌』や 紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。ラテン文学史上は「黄金の時代」の掉尾を飾る詩人とされる。オウィディウスの詩作品は後期古代から中世にかけての時代に多くの詩人に模倣され、西洋美術と西洋文学に絶大な影響を与えた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。
    オウィディウスとコリンナ 修正済み どの小さい写真もクリックで拡大
    オウィディウスとコリンナ 修正済み(自社サイトに 無修正写真あります)
    『愛の歌』ではオウィディウス自身とコリンナの恋愛に焦点が当てられた。
    イ・モーディ(別名「16の愉しみ」)は、イタリア・ルネサンス期の、有名でありながら本物が失われた性愛芸術の本である。

    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。
    ウィリアム・ブークロー『ニンフ』 1878年 
    ウィリアム・ブークロー『ニンフ』 1878年
    ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825年 - 1905年)は、フランスの画家。ラ・ロシェルに生まれる。19世紀フランスのアカデミズム絵画を代表する画家で、神話や天使、少女を題材とした絵画を多く残した。日本語では「ブーグロー」とも表記する。
    構図や技法はアカデミックなものだが、官能的な裸婦像、可憐な子どもの像、憂愁を帯びた若い女性の像などに独特の世界を築いている。甘美で耽美的な彼の画風は当時の人々の好みに合ったと見え、彼の名声は非常に高かった。

    ニンフォマニア
    ニンフォマニア

    かなり 様式化された お花絵ですが お安い現代作だからこそ 伝統と後世に恥じる 手抜きは出来ません。

    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を 工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。

    ヴェレンシュピール
    ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の優雅さを 失う事無く 20世紀の新風と 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に白い波を表現した 作品集です。
     
    偉大なマンネリズムを 標榜する一方で 20世紀の新風を求めて 創作美術集団クンストラー・コレクティヴを 1960年に立ち上げました。新グロッサー・アウシュニット型に ハインツ・ヴェルナー教授 絵付けによる 「アフロディテ」 「アラビアンナイト1001夜」 「ブルーオーキッド」 等のヒット作が ここから生まれました。

    1975年には 更に若い世代によるクンストラー・コレクティヴが立ち上げられ ヴェレンシュピール型「波の戯れ」や「青い花」を 生み出しております。

    3人目は ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー,天才造形師です。
    1727年 アウグスト強襲王は 磁器宮殿内の2階回廊に 磁器動物園を思い立ちました。さてそうなると ベテラン造形師が必要になります。当時マイセンには 絵付け師ヘロルトが シノワズリ ジャポネズリを確立し 権威をふるっておりました。造形は 絵付けの引き立て役程度に 抑えられておりました。そこで ヨハン・ゴットリーブ・キルヒナーやヨハン・クリストフ・リュッケなどの彫刻家を 招聘して 動物造形に挑ましたのですが 磁器の扱いは難しく 思うようにはいきませんでした。1728年 21歳の彫刻士キルヒナーの自信は 数ヶ月で造形士たちの侮辱の的と化した。嘲笑と不評化に耐えられなくなったキルヒナーは 売春宿通いで憂さを晴らすのですが悪いことに重い性病に侵されるのです。業を煮やしたマイセン特別委員会はキルヒナーを解雇決定しました。

    「欧州磁器戦争史  3人の天才ヨハン-3」 詳しくは コチラをクリック  してください。

    日本においては小さな人形の類がフィギュアと呼ばれている。この場合 フィギュリンが相応しいのでは ?

    インドサイ
    インドサイ 1732年原作。2010年 復刻  H28cm。 \3.780.000
    アブラハム・デ・ブルンの銅版画を手本にしたので「デューラーのちび角」がある。

    マイセン 【2005年世界限定】 マイスター限定作品 踊る白狐 H33cm  25%Off  のお求めはコチラ

    MS 2005限定 999984 78955 ダンシングフォックス(raku)
    当店所蔵 マックス・エッサー作 H33cm 850,500円と 比べてみてください。

    マイセン 【フィギュリン】  天球上の穢れ無きマリア・72075 H44cm 25%Off  のお求めはコチラ  

    MS 天球上のけがれなきマリア(raku)
    天球上の穢れ無きマリア H44cm  当店所蔵
    これがキルヒナーのインドサイと同値(\3.780.000)と聞けば どう思いますか ?
    それもここから25%Offするんですよ。

  • マイセン 【アルペンフローラ・616201】  ベース H21cm・50226  30%Off
    マイセン 【アルペンフローラ・616201】  ベース H21cm・50226  30%Off
    154,000円

    本体価格: ¥200.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。



    ヨーロッパアルプスハイキングはドロミテ
    ヨーロッパ ドロミテ アルペンフローラ


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。
    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。

    ジャン・フランソワ・ド・トロイ - ゼファーとフローラ
    ジャン・フランソワ・ド・トロイ - ゼピュロスとフローラ        

    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。

    ヒュラスとニンフたち 19世紀の象徴主義 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1897
    ヒュラスとニンフたち 19世紀の象徴主義 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1897


    ギリシャ神話に登場する美少年ヒュラスは、金羊毛を求めてのアルゴ船の遠征にヘラクレスの侍童として加わりました。ある晩にミュラス島に上陸すると、彼は水差しを持って真水を汲みに行かされました。水浴していたナイアスたち(泉と川のニンフ)は、彼の美しさに魅せられ、彼を水中へと誘い込みます。こうして彼はそれっきり行方不明となってしまいました。かなり 様式化された お花絵ですが お安い現代作だからこそ 伝統と後世に恥じる 手抜きは出来ません。

    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を 工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。

    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達も 創作美術集団クンストラー・コレクティヴを 立ち上げ  マイセン伝統の優雅さを 失う事無く 使っても楽しい「用の美」を求めて 創作した 作品集です。


    3人の天才ヨハン-4

    マリアテレジアのウィーン窯も フランスロココの模倣から 独自のウィーン様式を確立し18世紀中葉には マイセンに代わり セーヴルと並んで  時代をリードしていきました。  先行したアウグスト3世も 美術に造詣の深い王で 逸早く ロココの時代を予見しておりました。1750年 3世は 娘マリア・ヨゼファが フランス王太子に嫁ぐ時 マイセンの贈り物を制作したケンドラーを 設置者名目で 偵察に出しました。ケンドラーは ロココの資料を持ち帰り 模倣を始めるのですが それは遂に セーヴルを超える事はありませんでした。1756年には 7年戦争が勃発し フリードリヒ大王に ザクセンは またもや占領されました。アウグストは ワルシャワに避難するのですが マイセンには 前回同様 隠せるものは隠し窯などは 破壊して 秘法を守れとの 命令を下しました。そして職人達には 避難命令が下されました。南のババリア地方に逃れた人たちによって 後のフッチェンロイターや ローゼ
    ンタール誕生の種がまかれました。一方 閉鎖された マイセンを占領したフリードリヒは ザクセンの大臣に 窯を再開させ 製品を略奪するのです。(サンスーシーの三悪人の本領を発揮したフリードリヒ大王は ザクセンの若き女性を 自国プロイセンの辺境へ拉致し 嫁の来ての無い男達に 妻合わすのです。18世紀の国際法にさえ 明白に違反する暴挙を 平然
    とやってのけております。1763年の和約で戦争は 終わるのですが フリードリヒの完膚なき砲撃により ドレスデンの町は廃墟と化しました。第2次世界大戦を予兆するかのように・・・・・・・


    「欧州磁器戦争史 3人の天才ヨハン-4 ケンドラー」 詳しくは コチラをクリック  してください。


    磁器の起源は 中国は後漢の頃 紀元1~2世紀に 端を発します。
    古磁器を経て 紀元6世紀 中国河北省で ほぼ今の磁器に 遜色なきものになり 11世紀宋代に至り 近くにカオリンシャンを擁する 景徳鎮が 1300度の高温で 美しい白磁を 完成しました。13世紀 日本を 黄金の国 ジパングと呼んだ マルコポーロが 美しき海の寶貝 ポルツェラーナ(ポースレーンの語源。寶貝は 古代通貨でもありましたので 白い黄金にも通じました。)と 賞賛し イタリア・ヨーロッパに初めて紹介しました。それまでにも アラブの玄関口であるイタリアには シルクロード経由で 先に入手していた アラブの王様から 自分の威光を 誇る 贈り物として 入ってきておりましたが 東洋からのものと 判明したのは マルコポーロによります。この時 彼は 完品は高すぎて手が出ず 破片を 持ち来ったそうです。 ヨーロッパにおける 磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。一方  本家中国の景徳鎮で 14世紀には 磁器最後の姿 染付の完成を見ます。東洋では 千数百年の長きにわたる 多くの職人達の 勘と経験を 積み重ねた 結晶の賜物として 花開きました。片や西洋では 憧れの白磁を 科学的に分析することで 錬金術師(中世における 科学者の呼称)ベトガーは わずか3~5年で 1710年に完成させました。ザクセン王国 宮廷科学顧問官 チルンハウス(彼とて 多くの陶工と変わらず 磁器のガラス質に惑わされ 軟質磁器の研究に 堕しておりました。化学的変成にこだわり 分析と 実験の王道により 白磁を極めたベトガーは やはり非凡の天才でした。)の 白磁研究の基礎に 助けられたとはいえ 西洋科学分析手法の 優越性は ベトガーへの個人的資質の賞賛のみにとどまらず 明治維新の日本でも 優れた西洋科学として 競って受け入れられました。今や 日本をはじめ 東洋は 西洋を 凌駕せんばかりの 勢いです。
    少し理屈っぽくなりましたが 磁器をめぐり 東洋と西洋の違いを 言ってみたかったのです。
     

        

  • マイセン 【アルペンフローラ 616201】 22cmプレート・29472-6 30%Off 
    マイセン 【アルペンフローラ 616201】 22cmプレート・29472-6 30%Off 
    38,500円

    本体価格: ¥50.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。     


    マイセン 【アルペンフローラ 616201】 ティーC/S・29633 6柄各1枚 の写真は こちらをクリック   してください。 


    エコーバレースキー場
    アルペンフローラ


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。


    ロザルバ・カッリエーラ 「春」 
    ロザルバ・カッリエーラ 「春」 フローラ 1720年頃

    カッリエーラ、ロザルバ 18世紀ヴェネツィア派 1675-1757
    細密画家として出発したが、パステル技法による肖像画を得意とし、後にパリでヴァトー、リゴーらを知る。パステル特有の柔らかさを巧みに駆使して、優美で華麗な淑女の肖像を得意とした。


    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。
    ヘンリエッタ・レイによる「ヒュラスと水のニンフ (1909)
    ヘンリエッタ・レイによる 「ヒュラスと水のニンフ」 (1909)

    ギリシャ神話に登場する美少年ヒュラスは、金羊毛を求めてのアルゴ船の遠征にヘラクレスの侍童として加わりました。ある晩にミュラス島に上陸すると、彼は水差しを持って真水を汲みに行かされました。水浴していたナイアスたち(泉と川のニンフ)は、彼の美しさに魅せられ、彼を水中へと誘い込みます。こうして彼はそれっきり行方不明となってしまいました。


    ピカピカの 新品です。


    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に 白い波 全面にさざ波を表現した 作品集です。
    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作ですが かなり様式化された 現代風なお花が描かれています。 


    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。


    錬金術師-3

    ベトガーは 処刑を免れる為の 時間稼ぎに 何らかの成果を あげざるを得ませんでした。磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。他の物質から 黄金への変成を求めた 錬金術師ベトガーは 過去のガラスの研究においても(ガラス製造技法大全)鉱物を 加熱することによる変成で 目的のものが得られる 経験をしておりました。ベトガーは 科学系統的な実験により 真理にいたることを 重んじる正当な研究者でしたから 連日 鉱物の加熱実験を 正当に繰り返しておりました。その過程において ベトガーは 中国の宜興窯に 勝るとも劣らぬ ガラス質の朱泥炻器を 副産物として得ました。それは磁器 完成の前兆でもありました。1706年も終わろうとしておりまし・・・・・・・ 



    「欧州磁器戦争史  錬金術師-3」 詳しくは コチラをクリック してください。



    磁器の起源は 中国は後漢の頃 紀元1~2世紀に 端を発します。
    古磁器を経て 紀元6世紀 中国河北省で ほぼ今の磁器に 遜色なきものになり 11世紀宋代に至り 近くにカオリンシャンを擁する 景徳鎮が 1300度の高温で 美しい白磁を 完成しました。13世紀 日本を 黄金の国 ジパングと呼んだ マルコポーロが 美しき海の寶貝 ポルツェラーナ(ポースレーンの語源。寶貝は 古代通貨でもありましたので 白い黄金にも通じました。)と 賞賛し イタリア・ヨーロッパに初めて紹介しました。それまでにも アラブの玄関口であるイタリアには シルクロード経由で 先に入手していた アラブの王様から 自分の威光を 誇る 贈り物として 入ってきておりましたが 東洋からのものと 判明したのは マルコポーロによります。この時 彼は 完品は高すぎて手が出ず 破片を 持ち来ったそうです。 ヨーロッパにおける 磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。一方  本家中国の景徳鎮で 14世紀には 磁器最後の姿 染付の完成を見ます。東洋では 千数百年の長きにわたる 多くの職人達の 勘と経験を 積み重ねた 結晶の賜物として 花開きました。片や西洋では 憧れの白磁を 科学的に分析することで 錬金術師(中世における 科学者の呼称)ベトガーは わずか3~5年で 1710年に完成させました。ザクセン王国 宮廷科学顧問官 チルンハウス(彼とて 多くの陶工と変わらず 磁器のガラス質に惑わされ 軟質磁器の研究に 堕しておりました。化学的変成にこだわり 分析と 実験の王道により 白磁を極めたベトガーは やはり非凡の天才でした。)の 白磁研究の基礎に 助けられたとはいえ 西洋科学分析手法の 優越性は ベトガーへの個人的資質の賞賛のみにとどまらず 明治維新の日本でも 優れた西洋科学として 競って受け入れられました。今や 日本をはじめ 東洋は 西洋を 凌駕せんばかりの 勢いです。
    少し理屈っぽくなりましたが 磁器をめぐり 東洋と西洋の違いを 言ってみたかったのです。





  • マイセン 【アルペンフローラ・616201】  22cmプレート・29472-4,5,6 30%Off
    マイセン 【アルペンフローラ・616201】  22cmプレート・29472-4,5,6 30%Off
    38,500円

    本体価格: ¥50.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。


    マイセン 【アルペンフローラ・616201】 22cmプレート 6柄の写真は こちらを クリック してください。


    アルペンフローラ2
    アルペンフローラ


    旭岳周辺
    旭岳周辺


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。
    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    ヘーベーに扮したショルヌ公爵夫人 ジゃン・マルク・ナッティア
    『Flora』 ショルヌ公爵夫人 ジゃン・マルク・ナッティア        


    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。

    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)

    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。
    ルヌヴーの「ニンフたちに魅入られるフュラス」1865年
    ルヌヴーの「ニンフたちに魅入られるフュラス」1865年

    ギリシャ神話に登場する美少年ヒュラスは、金羊毛を求めてのアルゴ船の遠征にヘラクレスの侍童として加わりました。ある晩にミュラス島に上陸すると、彼は水差しを持って真水を汲みに行かされました。水浴していたナイアスたち(泉と川のニンフ)は、彼の美しさに魅せられ、彼を水中へと誘い込みます。こうして彼はそれっきり行方不明となってしまいました。
     
    ピカピカの 新品です。

    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に白い波 全面にさざ波を 表現した作品集です。
    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作ですが かなり様式化された 現代風なお花が描かれています。 

    かなり 様式化された お花絵ですが お安い現代作だからこそ 伝統と後世に恥じる 手抜きは出来ません。

    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。

    錬金術師-5
    ベトガーにとって 世俗的な白い黄金の 秘法成就は ある達成感は 有りましたが 彼が求める 賢者の石を思えば 科学的才能の浪費であり 心から喜べなかったようです。彼は 実験室の壁に 自虐的に書いております。「創造主たる神は 錬金術師を 陶工にしたもうた」

    ベトガーは 工場監督に任命され 休む間もなく 赤色磁器(朱泥器)や白磁の商品化に 追い回されました。王としては 戦費などで 枯渇した国家財政を 立て直す必要から ベトガーに注ぎ込んだ投資金の回収と あがるべき莫大な利益を 目論んだのです。しかし 商品化には これまでの 苦労以上のものが待ち受けておりました。赤色磁器は 今までの窯業界が 経験したことのない 硬質性を有し ベトガーは 新しい強力な研磨機の 開発に迫られ これを 成し遂げました。この研磨機は その後 宝石業界にも 寄与する所となりました。

    白磁を焼くのにも 従来の窯では 安定した高温を得がたく ベトガーは 新耐火煉瓦を使った 大型の窯を 開発しました。それから1世紀 この窯を しのぐものの 出現はありませんでした。この2例を見ても やはりベトガーは 素晴らしい 科学技術者でありました・・・・・
                               
    「欧州磁器戦争史  錬金術師 ベトガー 5」 詳しくは コチラをクリック してください。

    磁器の起源は 中国は後漢の頃 紀元1~2世紀に 端を発します。
    古磁器を経て 紀元6世紀 中国河北省で ほぼ今の磁器に 遜色なきものになり 11世紀宋代に至り 近くにカオリンシャンを擁する 景徳鎮が 1300度の高温で 美しい白磁を 完成しました。13世紀 日本を 黄金の国 ジパングと呼んだ マルコポーロが 美しき海の寶貝 ポルツェラーナ(ポースレーンの語源。寶貝は 古代通貨でもありましたので 白い黄金にも通じました。)と 賞賛し イタリア・ヨーロッパに初めて紹介しました。それまでにも アラブの玄関口であるイタリアには シルクロード経由で 先に入手していた アラブの王様から 自分の威光を 誇る 贈り物として 入ってきておりましたが 東洋からのものと 判明したのは マルコポーロによります。この時 彼は 完品は高すぎて手が出ず 破片を 持ち来ったそうです。 ヨーロッパにおける 磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。一方  本家中国の景徳鎮で 14世紀には 磁器最後の姿 染付の完成を見ます。東洋では 千数百年の長きにわたる 多くの職人達の 勘と経験を 積み重ねた 結晶の賜物として 花開きました。片や西洋では 憧れの白磁を 科学的に分析することで 錬金術師(中世における 科学者の呼称)ベトガーは わずか3~5年で 1710年に完成させました。ザクセン王国 宮廷科学顧問官 チルンハウス(彼とて 多くの陶工と変わらず 磁器のガラス質に惑わされ 軟質磁器の研究に 堕しておりました。化学的変成にこだわり 分析と 実験の王道により 白磁を極めたベトガーは やはり非凡の天才でした。)の 白磁研究の基礎に 助けられたとはいえ 西洋科学分析手法の 優越性は ベトガーへの個人的資質の賞賛のみにとどまらず 明治維新の日本でも 優れた西洋科学として 競って受け入れられました。今や 日本をはじめ 東洋は 西洋を 凌駕せんばかりの 勢いです。
    少し理屈っぽくなりましたが 磁器をめぐり 東洋と西洋の違いを 言ってみたかったのです。

  • マイセン 【アルペンフローラ 616201】 ティーC/S・29633-6 35%Off
    マイセン 【アルペンフローラ 616201】 ティーC/S・29633-6 35%Off
    38,500円

    本体価格: ¥50.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。   


    マイセン 【アルペンフローラ 616201】 ティーC/S・29633 6柄各1客 の写真は こちらをクリック   してください。  



    旭岳周辺
    アルペンフローラ


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。


    ウォーター・ハウス≪春の歌≫
    ウォーター・ハウス フローラ


    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)



    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。

     
    ウィリアム・ブークロー『ニンフ』 1878年
    『ニンフ』 1878年 19世紀フランスの画家 ウィリアム・アドルフ・ブグロー


    ピカピカの 新品です。


    ヴェレンシュピール


    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に 白い波 全面にさざ波を表現した 作品集です。


    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作ですが かなり様式化された 現代風なお花が描かれています。 


    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。



    3人の天才ヨハン-5 

    1人目はヨハン・フリードリヒ・ベトガー(欧州磁器の父)
    錬金術師にて ヨーロッパに 東洋の白磁を もたらした天才です。 

    2人目は ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト,天才絵付師です。 

    3人目は ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー,天才造形師です。


    3人の偉業により マイセンは ヨーロッパ諸窯に そして世界に 多大の影響を 与えてき ました。創窯300年のマイセンは 偉大なマンネリズムを標榜し 3人の残した業績を 踏 襲し続けてきました。


    1817 緑色の染付顔料 酸化クロム発明

    1827 グランツゴールド 金彩を完成 H・G・キューン

    1833ごろから 銅版転写染付・印判手

    1839 焼成燃料に 石炭

    1852 虹色のシラー彩(ラスター) H・G・キューン

    1853 蒸気機関 採用

    1860~1865 新トリービッシュタール工場へ移転

    18世紀、中国の泥彩画技法が 1850年頃、ヨーロッパに伝わり 1860年代にマリク・ルイ・ソロンによってセーヴルでも確立した 此の世のものとは思えぬほど 美しいパテ・シュール・パテ技法を 1873年ウィーン博覧会で目の当たりにした ハインツェ博士は 大いなる刺激を受け 永い研鑽の末 1878年にマイセンも会得。 これは 当時 セーヴルの後塵を 拝し出していた マイセンにとって 一大事件でもありました。


    マイセン・翠の月(パテ・シュール・パテ)931689 磁板画95168 30%Off  のお求めはコチラ


    MS 2000限定 931689 額装 翠の月 拡大3
    拡大写真
    MS 2000限定 931689 額装 翠の月 拡大4
    マイセン・翠の月931689 パテ・シュール・パテ 金箔額装磁板画 当店所蔵


    余談ですが パテ・シュール・パテ技法をセーブル時代のルイ・ソロンの創作と思っておられる方がプロ?でも殆どなので その間違いを手短に説明します。殆どの業者さんが 仏ブルボン王朝の放蕩王ルイ15世が 寵姫ポンパドール夫人の美の追求に湯水のごとく大枚をつぎ込み 美の権化と詠われたセーヴルの名声にあやかり あたかもセーヴル在籍のルイ・ソロンがパテ・シュール・パテ技法を創作したかに箔付けをして高価を詠います。実際は セーブル窯パテ・シュール・パテ妖精図蓋付飾壺をご覧になればお判りのように 元祖 中国泥彩画と余り変わりません。マイセン・翠の月 パテ・シュール・パテをご覧になればお判りのように 発展開花は20世紀になってからですが もうこの域になると 本家中国泥彩画をはるかに凌駕しております。セーヴルに追い抜かれた恐怖からとはいえ マイセンのハインツェ博士でも セーヴルを過大視されたほどですから 無知な業者にあっては 無理からぬ思い込みかもしれません。山高きが故に 貴からず。セーヴルが ルイソロンが故に 高貴なのではありません。陶器の時代 17,18世紀の英国スリップウェアに萌芽が見られ もちろんアンダーグレースです。ヘレンドでも 1860~1870年ごろには スリップ状磁土を盛り上げ鱗文を加飾しております。ただ ソロンの より絵画的表現への進歩 ハインツェ博士から L・シユトルムに至り ついにはG・アーノルドに至る芸術への昇華 これがすばらしいのです。洋食器愛好家には 高価を詠う宣伝にまやかされず 美術品を正しく理解・鑑賞してもらうために 中傷誹謗の恐れを 敢えて言わせてもらいます。 
     
    染付 粉彩 雑彩 剔花 泥彩画etc.まだまだ 中国は実に懐深い。


    セーブルがパテ・シュール・パテ技法を創作といったかどうかは知りませんが マイセンのハインツェ博士も  セーブルの創作と思って 後塵を拝している決定的一大事件と思い 約10年間の研究の末 パテ・シュール・パテ技法を習得し セーヴルに追いついたとマイセンあげて喜びました。



    象嵌鶴文水指 高さ18、8cm 白泥鉄絵緑彩松樹鶴文
    中国泥彩象嵌鶴文水指 高さ18、8cm 白泥鉄絵緑彩松樹鶴文(遠景の山々は白泥)

     

    セーブル窯パテ・シュール・パテ妖精図蓋付飾壺
    セーブル窯パテ・シュール・パテ妖精図蓋付飾壺 1880年 ジュール・アンドレア作

    初期のセーブル窯パテ・シュール・パテは 中国泥彩とあまり大差はありません。


    ミントンは 大陸の王立窯 特にフランスのセーヴルから 工芸家を招聘して 腕に磨きをかけておりました。工場内では 英語に引けを取らないぐらいフランス語が飛び交っておりました。1871年 ルイ・ソロン(18世紀、中国人により編み出された泥彩画技法が 1850年頃、ヨーロッパに伝わり 1860年代にマリク・ルイ・ソロンによってセーヴルでも確立したパテ・シュール・パテ技法)を招聘して 美しいパテ・シュール・パテ技法を マイセンに先駆けて 自家薬籠中のものにして 更に 世界の王侯貴族をうならす 貴族趣味の芸術品をものにした 「パテ・シュール・パテのミントン」の名声は セーヴルを 出し抜くほどでした。)

    「欧州磁器戦争史  3人の天才ヨハン-5」 詳しくは コチラをクリック してください。




  • マイセン 【アルペンフローラ・616201】 ティーC/S・・29633-2,4,5, 30%Off
    マイセン 【アルペンフローラ・616201】 ティーC/S・・29633-2,4,5, 30%Off
    38,500円

    本体価格: ¥50.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。


    No.2
    No.4
    No.5 カート


    マイセン 【アルペンフローラ・616201】 ティーC/S 6柄の写真は こちらを クリック してください。


    アルペンフローラ2
    アルペンフローラ


    ヨーロッパアルプスハイキングはドロミテ
    ヨーロッパアルプスハイキングはドロミテ


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。
    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    フローラ カルロ・アントニオ・プロカッチーニ 1600
    フローラ  カルロ・アントニオ・プロカッチーニ 1600         

    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。
    ヒュラスとニンフたち 19世紀の象徴主義 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1897
    ヒュラスとニンフたち 19世紀の象徴主義 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1897

    ギリシャ神話に登場する美少年ヒュラスは、金羊毛を求めてのアルゴ船の遠征にヘラクレスの侍童として加わりました。ある晩にミュラス島に上陸すると、彼は水差しを持って真水を汲みに行かされました。水浴していたナイアスたち(泉と川のニンフ)は、彼の美しさに魅せられ、彼を水中へと誘い込みます。こうして彼はそれっきり行方不明となってしまいました。
     

    ピカピカの 新品です。


    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に白い波 全面にさざ波を 表現した作品集です。
    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作ですが かなり様式化された 現代風なお花が描かれています。 


    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。


    錬金術師-3

    磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。他の物質から 黄金への変成を求めた 錬金術師ベトガーは 過去のガラスの研究においても(ガラス製造技法大全)鉱物を 加熱することによる変成で 目的のものが得られる 経験をしておりました。ベトガーは 科学系統的な実験により 真理にいたることを 重んじる正当な研究者でしたから 連日 鉱物の加熱実験を 正当に繰り返しておりました。その過程において ベトガーは 中国の宜興窯に 勝るとも劣らぬ ガラス質の朱泥炻器を 副産物として得ました。それは磁器 完成の前兆でもありました。1706年も終わろうとしておりました・・・・・・ 


    「欧州磁器戦争史  錬金術師-3」 詳しくは コチラをクリック してください。


    磁器の起源は 中国は後漢の頃 紀元1~2世紀に 端を発します。
    古磁器を経て 紀元6世紀 中国河北省で ほぼ今の磁器に 遜色なきものになり 11世紀宋代に至り 近くにカオリンシャンを擁する 景徳鎮が 1300度の高温で 美しい白磁を 完成しました。13世紀 日本を 黄金の国 ジパングと呼んだ マルコポーロが 美しき海の寶貝 ポルツェラーナ(ポースレーンの語源。寶貝は 古代通貨でもありましたので 白い黄金にも通じました。)と 賞賛し イタリア・ヨーロッパに初めて紹介しました。それまでにも アラブの玄関口であるイタリアには アラブの王様から 自分の威光を 誇る 贈り物として 入ってきておりましたが 東洋からのものと 判明したのは マルコポーロによります。この時 彼は 完品は高すぎて手が出ず 破片を 持ち来ったそうです。 やがて 14世紀には やはり 景徳鎮で 磁器最後の姿 染付の完成を見ます。東洋では 千数百年の長きにわたる 多くの職人達の 勘と経験を 積み重ねた 結晶の賜物として 花開きました。片や西洋では 憧れの白磁を 科学的に分析することで 錬金術師(中世における 科学者の呼称)ベトガーは わずか3~5年で 1710年に完成させました。ザクセン王国 宮廷科学顧問官 チルンハウス(彼とて 磁器のガラス質に惑わされ 軟質磁器の研究に 堕しておりました。化学的変成にこだわり 分析と 実験の王道により 白磁を極めたベトガーは やはり非凡の天才でした。)の白磁研究の基礎に 助けられたとはいえ 西洋科学分析手法の優越性は ベトガーへの個人的資質の賞賛のみにとどまらず 明治維新の日本でも 優れた西洋科学として 競って受け入れられました。今や 日本をはじめ 東洋は 西洋を 凌駕せんばかりの 勢いです。 

  • マイセン 【アルペンフローラ 616201】 ティーC/S・29633-1 30%Off
    マイセン 【アルペンフローラ 616201】 ティーC/S・29633-1 30%Off
    38,500円

    本体価格: ¥50.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。




    マイセン 【アルペンフローラ 616201】 ティーC/S・29633 6柄各1客 の写真は こちらをクリック   してください。


    エコーバレースキー場
    アルペンフローラ


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。


    パルマ・ヴェッキオ フローラ 1520
    パルマ・ヴェッキオ フローラ Palma Vecchio, Flora 1520


    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。


    「ニンフとサテュロス「ウィリアム・アドルフ・ブグローニンフの誘惑
    「ニンフの誘惑 サテュロス(半人半獣)」 19世紀フランスの画家 ウィリアム・アドルフ・ブグロー


    ピカピカの 新品です。


    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に 白い波 全面にさざ波を表現した 作品集です。
    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作ですが かなり様式化された 現代風なお花が描かれています。 


    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。


    錬金術師-2
    アウグスト王は フリードリヒ王の奪還を警戒して ベトガーを ドレスデン王宮の 黄金の館に 幽閉しました。王宮内に 実験室が整えられ 監視人つきで ベドガーは 賢者の石の発見に 追い立てられました。錬金術師ベトガーの触れ込みに アウグスト王は 大金をつぎ込み 秘法賢者の石を 待ちました。ベトガーは 失敗が 詐術師の烙印を押され 処刑にいたる恐怖に 苛まれました。恐怖から逃れる為に 次第に酒におぼれていきました。アウグスト王は 懲らしめの為 人の恐れる 断崖にそびえる ケーニヒシュタイン要塞に ベドガーを幽閉しました。死の恐怖から 荒れるベトガーは 更に深く酒に溺れていきました。逆効果に ベトガーが 狂ってしまわないかと 危惧したアウグスト王は 王宮の黄金の館に 呼び戻しました。監視の緩んだのを見計らって ベトガーは今度は アウグスト王からの逃亡を 企てました・・・・・・・・ 
                               

    <a href="http://einsshop.blog43.fc2.com/blog-entry-12571.html" target="_blank" title="「欧州磁器戦争史  錬金術師 2」 詳しくは コチラをクリック">「欧州磁器戦争史  錬金術師 2」 詳しくは コチラをクリック</a> してください。


    磁器の起源は 中国は後漢の頃 紀元1~2世紀に 端を発します。
    古磁器を経て 紀元6世紀 中国河北省で ほぼ今の磁器に 遜色なきものになり 11世紀宋代に至り 近くにカオリンシャンを擁する 景徳鎮が 1300度の高温で 美しい白磁を 完成しました。13世紀 日本を 黄金の国 ジパングと呼んだ マルコポーロが 美しき海の寶貝 ポルツェラーナ(ポースレーンの語源。寶貝は 古代通貨でもありましたので 白い黄金にも通じました。)と 賞賛し イタリア・ヨーロッパに初めて紹介しました。それまでにも アラブの玄関口であるイタリアには シルクロード経由で 先に入手していた アラブの王様から 自分の威光を 誇る 贈り物として 入ってきておりましたが 東洋からのものと 判明したのは マルコポーロによります。この時 彼は 完品は高すぎて手が出ず 破片を 持ち来ったそうです。 ヨーロッパにおける 磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。一方  本家中国の景徳鎮で 14世紀には 磁器最後の姿 染付の完成を見ます。東洋では 千数百年の長きにわたる 多くの職人達の 勘と経験を 積み重ねた 結晶の賜物として 花開きました。片や西洋では 憧れの白磁を 科学的に分析することで 錬金術師(中世における 科学者の呼称)ベトガーは わずか3~5年で 1710年に完成させました。ザクセン王国 宮廷科学顧問官 チルンハウス(彼とて 多くの陶工と変わらず 磁器のガラス質に惑わされ 軟質磁器の研究に 堕しておりました。化学的変成にこだわり 分析と 実験の王道により 白磁を極めたベトガーは やはり非凡の天才でした。)の 白磁研究の基礎に 助けられたとはいえ 西洋科学分析手法の 優越性は ベトガーへの個人的資質の賞賛のみにとどまらず 明治維新の日本でも 優れた西洋科学として 競って受け入れられました。今や 日本をはじめ 東洋は 西洋を 凌駕せんばかりの 勢いです。
    少し理屈っぽくなりましたが 磁器をめぐり 東洋と西洋の違いを 言ってみたかったのです。

     

  • マイセン 【アルペンフローラ・616101】  ベース・50310  H30cm  30%Off
    マイセン 【アルペンフローラ・616101】  ベース・50310  H30cm  30%Off
    134,750円

    本体価格: ¥175.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。写真は 全面のさざ波を見せるために暗くしております 


    旭岳とチングルマの群落
    旭岳とチングルマの群落


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。
    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。

     
    フローラへの献納 1627年 (プラド美術館) by Wikimedia         
    フローラへの献納 1627年 (プラド美術館)         

    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


     (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。


    ヒュラスとニンフたち
    ヒュラスとニンフ

    ギリシャ神話に登場する美少年ヒュラスは、金羊毛を求めてのアルゴ船の遠征にヘラクレスの侍童として加わりました。ある晩にミュラス島に上陸すると、彼は水差しを持って真水を汲みに行かされました。水浴していたナイアスたち(泉と川のニンフ)は、彼の美しさに魅せられ、彼を水中へと誘い込みます。こうして彼はそれっきり行方不明となってしまいました。


    ピカピカの 新品です。


    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に 白い波 全面にさざ波を表現した 作品集です。
    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作ですが かなり様式化された 現代風なお花が描かれています。 


    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。


    錬金術師-1

    古代文明で生まれた 賢者の石(卑金属を黄金に変える秘宝の石)この研究は やがて 古代ギリシアや アラビアに 迷信的に 深まりました。中世科学者も その迷信を信じ 進歩著しい 科学的分析手法を用いて 追い求めました。皮肉にも 多くの一流科学者の 熱心な迷信研究は 近代科学的発明に 大いに貢献しました。近代科学の先駆者 ニュートンでさえ この迷信を 信じていた一人でした。実を結ぶはずの無い この迷信は 神秘主義に陥り,やがては 秘法を手に入れたと吹聴する詐術者の横行を 生み出しました。 彼らは 各国の王より 研究資金や 原材料費の 名目で多くの黄金を せしめました。黄金変成の 約束期日が近づくと 逃亡を企てるのですが,王の厳しい追跡に ほとんどが捕まり 極刑に処せられました。
    ベトガーは 小さい頃から 利発な子で 語学や数学を会得すると 化学に興味を持ちました。ベルリンの 薬剤師の徒弟になった ベトガーは 師から1通りの知識を 吸収すると,周りの反対を押し切って 賢者の石の秘法 発見・・・・・・・


    「欧州磁器戦争史 錬金術師-1 」 詳しくは コチラをクリック  してください。


    磁器の起源は 中国は後漢の頃 紀元1~2世紀に 端を発します。
    古磁器を経て 紀元6世紀 中国河北省で ほぼ今の磁器に 遜色なきものになり 11世紀宋代に至り 近くにカオリンシャンを擁する 景徳鎮が 1300度の高温で 美しい白磁を 完成しました。13世紀 日本を 黄金の国 ジパングと呼んだ マルコポーロが 美しき海の寶貝 ポルツェラーナ(ポースレーンの語源。寶貝は 古代通貨でもありましたので 白い黄金にも通じました。)と 賞賛し イタリア・ヨーロッパに初めて紹介しました。それまでにも アラブの玄関口であるイタリアには シルクロード経由で 先に入手していた アラブの王様から 自分の威光を 誇る 贈り物として 入ってきておりましたが 東洋からのものと 判明したのは マルコポーロによります。この時 彼は 完品は高すぎて手が出ず 破片を 持ち来ったそうです。 ヨーロッパにおける 磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。一方  本家中国の景徳鎮で 14世紀には 磁器最後の姿 染付の完成を見ます。東洋では 千数百年の長きにわたる 多くの職人達の 勘と経験を 積み重ねた 結晶の賜物として 花開きました。片や西洋では 憧れの白磁を 科学的に分析することで 錬金術師(中世における 科学者の呼称)ベトガーは わずか3~5年で 1710年に完成させました。ザクセン王国 宮廷科学顧問官 チルンハウス(彼とて 多くの陶工と変わらず 磁器のガラス質に惑わされ 軟質磁器の研究に 堕しておりました。化学的変成にこだわり 分析と 実験の王道により 白磁を極めたベトガーは やはり非凡の天才でした。)の 白磁研究の基礎に 助けられたとはいえ 西洋科学分析手法の 優越性は ベトガーへの個人的資質の賞賛のみにとどまらず 明治維新の日本でも 優れた西洋科学として 競って受け入れられました。今や 日本をはじめ 東洋は 西洋を 凌駕せんばかりの 勢いです。
    少し理屈っぽくなりましたが 磁器をめぐり 東洋と西洋の違いを 言ってみたかったのです。


  • マイセン 【アルペンフローラ・616101】  ベース・50226  H21cm 30%Off
    マイセン 【アルペンフローラ・616101】  ベース・50226  H21cm 30%Off
    107,800円

    本体価格: ¥140.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。



    旭岳とチングルマの群落
    旭岳とチングルマの群落


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。
    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。


    フローラ         
    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。


    ヒュラスとニンフたち
    ヒュラスとニンフ
    ギリシャ神話に登場する美少年ヒュラスは、金羊毛を求めてのアルゴ船の遠征にヘラクレスの侍童として加わりました。ある晩にミュラス島に上陸すると、彼は水差しを持って真水を汲みに行かされました。水浴していたナイアスたち(泉と川のニンフ)は、彼の美しさに魅せられ、彼を水中へと誘い込みます。こうして彼はそれっきり行方不明となってしまいました。
     

    ピカピカの 新品です。


    ヴェレンシュピール

    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に白い波 全面にさざ波を 表現した作品集です。
    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作ですが かなり様式化された 現代風なお花が描かれています。 

    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。


    錬金術師-4

    ドレスデンの 乙女の砦 ユングフェルンに 実験窯を新設し ベトガーを呼び戻しました。1707年9月のことでした。それから半年を経ずして ベトガーは 磁器の主成分である磁土カオリンに 到達しました。(景徳鎮近郊の高嶺山 中国発音カオリン山は 磁土で出来ている山で あったので 西洋でも磁土のことを カオリンと呼びます。この時のベトガーの磁器は カオリンと 雪花石膏
    アラバスターから成っており 東洋のカオリンと 白不子から成るものより 僅かに黄味がかっていました)。西洋中が 数世紀 孜々として研究 待望した磁器の秘法は 今や若き錬金術師ベトガーの手中にありました。

    アルブレヒト城壁画       アウグスト強襲王
    アルブレヒト城壁画
                            錬金術師ベトガー

    1708年1月 遂に 錬金術師ベトガーは 黄金ならぬ白い黄金 本家東洋に さほど遜色のない白磁を 手に入れたのです。この年の10月に ベトガーは 師とも 父とも仰ぐチルンハウスを 彼の看病も空しく なくしました。悲しみから逃れるように より東洋の白磁を目指し 実験を続けました。ベトガーが 王への手紙に「中国に 勝るとも劣らぬ 白磁完成」を 認める事ができたのは 1709年3月の事でした。(真の東洋の白磁完成は 雪花石膏媒溶剤から 長石・石英に至る1724年まで 待たねばなりませんでした。)更にその後も  商品化に向けてベトガーの実験・研究は進み アルブレヒト城に マイセン工場が 1710年6月 秘密裏に設立され 輝かしきマイセンの誕生となったのです・・・・・・・・ 
                               

    「欧州磁器戦争史  錬金術師 4」 詳しくは コチラをクリック してください。


    磁器の起源は 中国は後漢の頃 紀元1~2世紀に 端を発します。
    古磁器を経て 紀元6世紀 中国河北省で ほぼ今の磁器に 遜色なきものになり 11世紀宋代に至り 近くにカオリンシャンを擁する 景徳鎮が 1300度の高温で 美しい白磁を 完成しました。13世紀 日本を 黄金の国 ジパングと呼んだ マルコポーロが 美しき海の寶貝 ポルツェラーナ(ポースレーンの語源。寶貝は 古代通貨でもありましたので 白い黄金にも通じました。)と 賞賛し イタリア・ヨーロッパに初めて紹介しました。それまでにも アラブの玄関口であるイタリアには シルクロード経由で 先に入手していた アラブの王様から 自分の威光を 誇る 贈り物として 入ってきておりましたが 東洋からのものと 判明したのは マルコポーロによります。この時 彼は 完品は高すぎて手が出ず 破片を 持ち来ったそうです。 ヨーロッパにおける 磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。一方  本家中国の景徳鎮で 14世紀には 磁器最後の姿 染付の完成を見ます。東洋では 千数百年の長きにわたる 多くの職人達の 勘と経験を 積み重ねた 結晶の賜物として 花開きました。片や西洋では 憧れの白磁を 科学的に分析することで 錬金術師(中世における 科学者の呼称)ベトガーは わずか3~5年で 1710年に完成させました。ザクセン王国 宮廷科学顧問官 チルンハウス(彼とて 多くの陶工と変わらず 磁器のガラス質に惑わされ 軟質磁器の研究に 堕しておりました。化学的変成にこだわり 分析と 実験の王道により 白磁を極めたベトガーは やはり非凡の天才でした。)の 白磁研究の基礎に 助けられたとはいえ 西洋科学分析手法の 優越性は ベトガーへの個人的資質の賞賛のみにとどまらず 明治維新の日本でも 優れた西洋科学として 競って受け入れられました。今や 日本をはじめ 東洋は 西洋を 凌駕せんばかりの 勢いです。
    少し理屈っぽくなりましたが 磁器をめぐり 東洋と西洋の違いを 言ってみたかったのです。

     

  • マイセン・アルペンフローラ・616101 22cmプレート・29472-2~6 30%Off
    マイセン・アルペンフローラ・616101 22cmプレート・29472-2~6 30%Off
    38,500円

    本体価格: ¥50.000


    小さい写真をクリックすると 拡大します。


    マイセン 【アルペンフローラ・616201】 22cmプレート 6柄の写真は こちらを クリック してください。


    アルペンフローラ
    アルペンフローラ


    エコーバレースキー場
    エコーバレースキー場


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。
    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    ジャン マサイス『Flora』1559年
    『Flora』 ジャン マサイス1559年        

    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。
    ルヌヴーの「ニンフたちに魅入られるフュラス」1865年
    ルヌヴーの「ニンフたちに魅入られるフュラス」1865年

    ギリシャ神話に登場する美少年ヒュラスは、金羊毛を求めてのアルゴ船の遠征にヘラクレスの侍童として加わりました。ある晩にミュラス島に上陸すると、彼は水差しを持って真水を汲みに行かされました。水浴していたナイアスたち(泉と川のニンフ)は、彼の美しさに魅せられ、彼を水中へと誘い込みます。こうして彼はそれっきり行方不明となってしまいました。


    かなり 様式化された お花絵ですが お安い現代作だからこそ 伝統と後世に恥じる 手抜きは出来ません。


    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を 工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。


    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に 白い波 全面にさざ波を表現した 創作・作品集です。


    錬金術師-4
    ヨーロッパ諸窯で行われていた 焼き締め陶器を ガラス質の炻器に変成し得たベトガー。次こそは 磁器にとはやる彼に 王より 実験中止と ケーニヒシュタイン要塞への 避難命令が 発令されました。 ポーランド王でもあった アウグストは スウェーデン王カール12世と 領有権をめぐり 戦争の渦中にありましたが,戦いに敗れ ザクセン本国へまで その侵攻を被る 羽目に陥っておりました。錬金術への信奉 並々ならぬ カール12世から,ベトガーを とられまいとする為の 緊急避難命令でした。それから1年 煉獄生活のすることのない 無聊に不慣れなベトガーは あてがわれる酒でも癒せない苦しみを 王に訴え 実験再開を求めました。アウグストは ポーランド王を退位し 政情の落ち着いたドレスデンの 乙女の砦 ユングフェルン(ドレスデン市民が恐れる 乙女の砦 には 鋼鉄の女と呼ばれる 鋭い剣の腕を 振り回し 人をバラバラに切り刻む機械が 暗い洞穴にあるとか 噂されておりました。宮廷で失寵した者が 目隠しをされ この機械にむかって歩かされ 切り刻まれた肉塊は まだ温もりも冷めやらぬまま 床の落し戸から エルベ川に 投下されるか・・・
    こんな怖いところに ベトガーを移したのは 失敗は許さぬという 王の不退転の決意表明では・・・・)に 実験窯を新設し ベトガーを呼び戻しました・・・・・・・・ 

    「欧州磁器戦争史  錬金術師 4」 詳しくは コチラをクリック してください。


    磁器の起源は 中国は後漢の頃 紀元1~2世紀に 端を発します。
    古磁器を経て 紀元6世紀 中国河北省で ほぼ今の磁器に 遜色なきものになり 11世紀宋代に至り 近くにカオリンシャンを擁する 景徳鎮が 1300度の高温で 美しい白磁を 完成しました。13世紀 日本を 黄金の国 ジパングと呼んだ マルコポーロが 美しき海の寶貝 ポルツェラーナ(ポースレーンの語源。寶貝は 古代通貨でもありましたので 白い黄金にも通じました。)と 賞賛し イタリア・ヨーロッパに初めて紹介しました。それまでにも アラブの玄関口であるイタリアには シルクロード経由で 先に入手していた アラブの王様から 自分の威光を 誇る 贈り物として 入ってきておりましたが 東洋からのものと 判明したのは マルコポーロによります。この時 彼は 完品は高すぎて手が出ず 破片を 持ち来ったそうです。 ヨーロッパにおける 磁器の焼成は 16世紀の古きから アラビアと東洋の 玄関口であった ベネツィアで 先ず 試みられましたが 曇ったガラス球に終わりました。同じ16世紀に フィレンツェ大公(富豪メディチ家)は 砂 ガラス水晶粉を 粘土と混ぜた見事な焼き物(軟質磁器)に成功するのですが やはり 東洋の秘法による白い黄金には とても及びませんでした。その後も 欧州各地で 白い黄金の焼成が 試みられますが 総て 陶工達によるものでした。 磁器のガラス質に 惑わされた彼らの せいぜい成功らしきものでも 随分 白い黄金には 見劣りのする 軟質磁器(ヴァンサンヌに続く セーヴルでも フリット軟質磁器)どまりでした。一方  本家中国の景徳鎮で 14世紀には 磁器最後の姿 染付の完成を見ます。東洋では 千数百年の長きにわたる 多くの職人達の 勘と経験を 積み重ねた 結晶の賜物として 花開きました。片や西洋では 憧れの白磁を 科学的に分析することで 錬金術師(中世における 科学者の呼称)ベトガーは わずか3~5年で 1710年に完成させました。ザクセン王国 宮廷科学顧問官 チルンハウス(彼とて 多くの陶工と変わらず 磁器のガラス質に惑わされ 軟質磁器の研究に 堕しておりました。化学的変成にこだわり 分析と 実験の王道により 白磁を極めたベトガーは やはり非凡の天才でした。)の 白磁研究の基礎に 助けられたとはいえ 西洋科学分析手法の 優越性は ベトガーへの個人的資質の賞賛のみにとどまらず 明治維新の日本でも 優れた西洋科学として 競って受け入れられました。今や 日本をはじめ 東洋は 西洋を 凌駕せんばかりの 勢いです。
    少し理屈っぽくなりましたが 磁器をめぐり 東洋と西洋の違いを 言ってみたかったのです。





  • マイセン 【アルペンフローラ・616101】 22cmプレート・29472 (NO.1) 30%Off 
    マイセン 【アルペンフローラ・616101】 22cmプレート・29472 (NO.1) 30%Off 
    38,500円

    本体価格: ¥50.000

    小さい写真をクリックすると 拡大します。


    マイセン 【アルペンフローラ・616101】   22cmプレート・29472 6柄各1枚の写真は こちらをクリック  してください。


    旭岳周辺
    アルペンフローラ


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。


    宵闇のフローラたち
    宵闇のフローラたち


    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。


    ウィリアム・ブークロー『ニンフ』 1878年
    『ニンフ』 1878年 19世紀フランスの画家 ウィリアム・アドルフ・ブグロー


    ピカピカの 新品です。


    ヴェレンシュピール

    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に 白い波 全面にさざ波を表現した 作品集です。
    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作ですが かなり様式化された 現代風なお花が描かれています。 

    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。


    3人の天才ヨハン-5 

    1人目はヨハン・フリードリヒ・ベトガー(欧州磁器の父)
    錬金術師にて ヨーロッパに 東洋の白磁を もたらした天才です。 

    2人目は ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト,天才絵付師です。 

    3人目は ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー,天才造形師です。


    3人の偉業により マイセンは ヨーロッパ諸窯に そして世界に 多大の影響を 与えてき ました。

    創窯300年のマイセンは 偉大なマンネリズムを標榜し 3人の残した業績を 踏 襲し続けてきました。


    1817 緑色の染付顔料 酸化クロム発明

    1827 グランツゴールド 金彩を完成 H・G・キューン

    1833ごろから 銅版転写染付・印判手

    1839 焼成燃料に 石炭

    1852 虹色のシラー彩(ラスター) H・G・キューン

    1853 蒸気機関 採用

    1860~1865 新トリービッシュタール工場へ移転

    18世紀、中国の泥彩画技法が 1850年頃、ヨーロッパに伝わり 1860年代にマリク・ルイ・ソロンによってセーヴルでも確立した 此の世のものとは思えぬほど 美しいパテ・シュール・パテ技法を 1873年ウィーン博覧会で目の当たりにした ハインツェ博士は 大いなる刺激を受け 永い研鑽の末 1878年にマイセンも会得。 これは 当時 セーヴルの後塵を 拝し出していた マイセンにとって 一大事件でもありました。

    マイセン・翠の月(パテ・シュール・パテ)931689 磁板画95168 30%Off  のお求めはコチラ


    MS 2000限定 931689 額装 翠の月 拡大3
    拡大写真
    MS 2000限定 931689 額装 翠の月 拡大4
    マイセン・翠の月931689 パテ・シュール・パテ 金箔額装磁板画 当店所蔵


    余談ですが パテ・シュール・パテ技法をセーブル時代のルイ・ソロンの創作と思っておられる方がプロ?でも殆どなので その間違いを手短に説明します。殆どの業者さんが 仏ブルボン王朝の放蕩王ルイ15世が 寵姫ポンパドール夫人の美の追求に湯水のごとく大枚をつぎ込み 美の権化と詠われたセーヴルの名声にあやかり あたかもセーヴル在籍のルイ・ソロンがパテ・シュール・パテ技法を創作したかに箔付けをして高価を詠います。実際は セーブル窯パテ・シュール・パテ妖精図蓋付飾壺をご覧になればお判りのように 元祖 中国泥彩画と余り変わりません。マイセン・翠の月 パテ・シュール・パテをご覧になればお判りのように 発展開花は20世紀になってからですが もうこの域になると 本家中国泥彩画をはるかに凌駕しております。セーヴルに追い抜かれた恐怖からとはいえ マイセンのハインツェ博士でも セーヴルを過大視されたほどですから 無知な業者にあっては 無理からぬ思い込みかもしれません。山高きが故に 貴からず。セーヴルが ルイソロンが故に 高貴なのではありません。陶器の時代 17,18世紀の英国スリップウェアに萌芽が見られ もちろんアンダーグレースです。ヘレンドでも 1860~1870年ごろには スリップ状磁土を盛り上げ鱗文を加飾しております。ただ ソロンの より絵画的表現への進歩 ハインツェ博士から L・シユトルムに至り ついにはG・アーノルドに至る芸術への昇華 これがすばらしいのです。洋食器愛好家には 高価を詠う宣伝にまやかされず 美術品を正しく理解・鑑賞してもらうために 中傷誹謗の恐れを 敢えて言わせてもらいます。 
    染付 粉彩 雑彩 剔花 泥彩画etc.まだまだ 中国は実に懐深い。


    セーブルがパテ・シュール・パテ技法を創作といったかどうかは知りませんが マイセンのハインツェ博士も  セーブルの創作と思って 後塵を拝している決定的一大事件と思い 約10年間の研究の末 パテ・シュール・パテ技法を習得し セーヴルに追いついたとマイセンあげて喜びました。


    象嵌鶴文水指 高さ18、8cm 白泥鉄絵緑彩松樹鶴文       
    中国泥彩象嵌鶴文水指 高さ18、8cm 白泥鉄絵緑彩松樹鶴文(遠景の山々は白泥) 


    セーブル窯パテ・シュール・パテ妖精図蓋付飾壺
    セーブル窯パテ・シュール・パテ妖精図蓋付飾壺 1880年 ジュール・アンドレア作

    初期のセーブル窯パテ・シュール・パテは 中国泥彩とあまり大差はありません。


    ミントンは 大陸の王立窯 特にフランスのセーヴルから 工芸家を招聘して 腕に磨きをかけておりました。工場内では 英語に引けを取らないぐらいフランス語が飛び交っておりました。1871年 ルイ・ソロン(18世紀、中国人により編み出された泥彩画技法が 1850年頃、ヨーロッパに伝わり 1860年代にマリク・ルイ・ソロンによってセーヴルでも確立したパテ・シュール・パテ技法)を招聘して 美しいパテ・シュール・パテ技法を マイセンに先駆けて 自家薬籠中のものにして 更に 世界の王侯貴族をうならす 貴族趣味の芸術品をものにした 「パテ・シュール・パテのミントン」の名声は セーヴルを 出し抜くほどでした。)


    「欧州磁器戦争史  3人の天才ヨハン-5」 詳しくは コチラをクリック してください。







  • マイセン・アルペンフローラ・616101 ティーC/S・29633 30%Off
    マイセン・アルペンフローラ・616101 ティーC/S・29633   30%Off
    42,350円
    本体価格: ¥55.000

    ピカピカの 新品です。

    かなり 様式化された お花絵ですが お安い現代作だからこそ 
    伝統と後世に恥じる 手抜きは出来ません。

    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。

  • マイセン・アルペンフローラ・616101 コーヒーC/S ・29582 30%Off
    マイセン・アルペンフローラ・616101 コーヒーC/S ・29582   30%Off
    42,350円

    本体価格: ¥55.000

    ピカピカの 新品です。


    かなり 様式化された お花絵ですが お安い現代作だからこそ 伝統と後世に恥じる 手抜きは出来ません。

    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を 工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。

    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に 白い波 全面にさざ波を表現した 作品集です。

     

    カート

    No.2

    No.3

    No.4

     

  • マイセン 【アルペンフローラ・616101】 コーヒーC/S ・29582 No.1 30%Off
    マイセン 【アルペンフローラ・616101】 コーヒーC/S ・29582 No.1 30%Off
    42,350円

    本体価格: ¥55.000

    小さい写真をクリックすると拡大します。


    マイセン 【アルペンフローラ 616201】 ティーC/S・29633 4柄各1客 の写真は こちらをクリック   してください。 


    ヨーロッパアルプスハイキングはドロミテ
    ヨーロッパ ドロミテ アルペンフローラ


    フローラは、ローマ神話に登場する花と春と豊穣を司る女神。

    Flora with Putti Strewing Flowers Adriaen van der 1696
     Flora with Putti Strewing Flowers  Adriaen van der 1696


    オウィディウスの説によると、彼女はかつてクローリスという名のギリシアのニュムペーだった。しかし、春の訪れを告げる豊穣の風 西風の神であるゼピュロスによって イタリアに攫われ、誘拐後に自らの罪を悔いて 彼女を神の地位に押し上げ 以後フローラは 花の女神になったという。
    また、フローラが 夫のユーピテルが 自分でミネルウァを産んだため 正妻としての面目を失った神々の女王ユーノーに 触れた女が 自然に子を身籠もる魔法の花を与え 戦士神マールスの誕生を助けたという説話も残されている。


    (解説1)オウィディウス プブリウス・オウィディウス・ナソ(紀元前43年3月20日 - 紀元17年)は、古代ローマのアウグストゥスの時代に生きた詩人。代表作は『恋愛術』、『変身物語』など。紀元1年ごろ(一般に 紀元元年だが ISOや天文学的には 0年があるので 紀元2年になる)、ギリシア神話を参考にして『恋愛術』を書いた。しかし余に露骨な性描写が多かったため、実際に読んだアウグストゥス帝が激怒し、8年、黒海沿岸の僻地であるトミス(現在のコンスタンツァ)へ一生流された。)


    (解説2)ニュムペーは、ギリシア神話などに登場する下級女神(精霊)である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っている。英語ではニンフと呼ばれる。なお、ギリシア語の普通名詞としては「花嫁」や「新婦」を意味する。
    その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。

    ヒュラスとニンフたち 19世紀の象徴主義 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1897年
    ヒュラスとニンフたち /19世紀の象徴主義 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1897年

    ギリシャ神話に登場する美少年ヒュラスは、金羊毛を求めてのアルゴ船の遠征にヘラクレスの侍童として加わりました。ある晩にミュラス島に上陸すると、彼は水差しを持って真水を汲みに行かされました。水浴していたナイアスたち(泉と川のニンフ)は、彼の美しさに魅せられ、彼を水中へと誘い込みます。こうして彼はそれっきり行方不明となってしまいました。
    ピカピカの 新品です。


    ヴェレンシュピール
    1960年に続いて 1975年には 更に若い世代である ザビーネ・ワックス女史達が マイセン伝統の 優雅さを失う事無く 使っても楽しい 「用の美」を求め 口縁に 白い波 全面にさざ波を表現した 作品集です。
    後世に 恥じない 20世紀を代表する作を 目指した力作で 写実 立体的な 花絵が 現代風なお花に描かれています。 


    やはり花はマイセン。学校を出て 親方(マイスター)に弟子入した ペインターの卵たちが まず 最初に習うのが お花の絵です。一人前になっても 自然のお花を工房に飾って 写生に 精を出します。マイセンでは お花を描くのは 旨くて当たり前なのです。


    3人の天才ヨハン 
    1人目はヨハン・フリードリヒ・ベトガー(欧州磁器の父)
    錬金術師にて ヨーロッパに 東洋の白磁を もたらした天才です。 
    2人目は ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト,天才絵付師です。 
    3人目は ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー,天才造形師です。
    この3人を語らずして マイセンを語ることは出来ません。


    まず1人目は ヨハン・フリードリヒ・ベトガー(欧州磁器の父)錬金術師にて ヨーロッパに 東洋の白磁を もたらした天才です。彼の名は マイセンとともに 永久不滅です。


    <a href="http://einsshop.blog43.fc2.com/category36-2.html" target="_blank" title="錬金術師 1~5 に詳述 コチラをクリック">錬金術師 1~5 に詳述 コチラをクリック</a>  してください。


    <a href="http://einsshop.blog43.fc2.com/blog-entry-8670.html" target="_blank" title="「欧州磁器戦争史 3人の天才ヨハン 1」 詳しくは コチラをクリック">「欧州磁器戦争史 3人の天才ヨハン 1」 詳しくは コチラをクリック</a>  してください。



1

(カテゴリー内 : 14点)

カートの中身

カートに商品は入っていません

商品検索