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リチャードジノリ > 赤にわとり/ オロディドッチア

輸入洋食器店アイン お宝倉庫
大阪市にある洋食器、輸入食器専門店のアイン
ウェッジウッド、マイセン、バカラ、ロイヤルコペンハーゲンなど
様々な食器を販売しております
  • リチャードジノリ 【オーロディドッチア】  ティーC/S 20%Off
    リチャードジノリ 【オーロディドッチア】  ティーC/S 20%Off
    17,280円

    本体価格:¥20.000


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    通常19%Off  お歳暮ギフトフェア ( 本日~12/10)  20%Off 


    お熟成価格は 安くて美味しい。お熟成ワインは ボージョレヌーボーより美味しいですが プレミアムが付いた分 高くなる。何故 お熟成アインは 安くなるんですか ? お熟成のプレミアムも お客様に差し上げているからです。 


    18年前 ヨーロッパ最大のドイツの リチャードジノリ代理店が代理店契約終了に当たり 在庫の処理を巡り リチャードジノリ社とトラブっておりましたので アインが 40フィートコンテナ2本分の在庫を引き受けました。超一流店として アインに足らざるブランド洋食器300年の歴史と伝統を買いました。
    以来 グッチジノリになるまで 当店は 直接 フィレンツェ本店から仕入れをしておりました。


    主だったお店を調べましたが あまりお取り扱いをしている店が無く お熟成アインがお安い部類です。
    クッチシノリ社は 安売りをして倒産するのは嫌だと公言して プライスを大幅に上げております。苦労していれても 割引ができません。損を覚悟で10%ffがせいぜいです。
    それではお熟成アインは何故 お安いのでしょう ? それは売るのが下手だからです。大概のお店は 色々な宣伝広告をしたり ポイントをつけたりしてさばいていかれます。売り下手のアインは ひたすらお熟成 お値打ちのつくのを待ちます。お陰で 今では これだけの美品は手に入りません。お熟成アインの真骨頂 ! !


    夜をこめて  鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の  関は許さじ 清少納言(62番) 『後拾遺集』雑・940
    清少納言と藤原行成のざれ誘いを当意即妙に受け答えしている歌です。2人は宮中で冗談を言い合ったりする、仲のいい関係でしたから 軽いたわむれの歌です。

    清少納言2 
    清少納言
    蔵人頭の藤原行成が、中宮定子の御座所で夜更けまで女房たちと語らっていました。深夜2時頃(草木も眠る丑三つ時)、明日は宮中で物忌(陰陽道の禁忌の一種。災いから免れるため,一定期間食事や行動を慎み,不浄を避け,家内にこもることをいう。)が行われるからと行成は帰っていきました。先に帰った藤原行成が、明け方に清少納言へ言い訳の文をよこしてきました。曰く「鶏の鳴き声にせかされてしまって昨夜はいそいそと帰ってしまいました」
    清少納言は「うそおっしゃい。中国の函谷関の故事にある、鶏の空鳴きでしょう」と答えます。
    「函谷関の故事」というのは、中国の史記にある孟嘗君の話です。秦国に入って捕まった孟嘗君が逃げるとき、一番鶏が鳴くまで開かない函谷関の関所を、鳥の鳴き真似上手な部下に鶏の鳴き真似をさせたのでした。すると関守は、「もう朝か」と勘違いし、門を開けます。そのおかげで孟嘗君一行は逃げ延び、命が助かりました。いかにも漢文の教養が深かった清少納言らしく、司馬遷の『史記』にある孟嘗君の故事をふまえた返事です。
    清少納言の機知に富んだ文に行成は「関は関でも、あなたに逢いたい逢坂の関ですよ」と弁解します。
    そこで清少納言が詠んだのがこの歌です。
    夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂(あふさか)の関は許さじ
    「鶏の鳴き真似で、函谷関の関守は騙せたとしても、この逢坂の関は絶対開きませんよ。私はそうはいきませんよ。」
    逢坂の関は 蝉丸の歌
    (これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 蝉丸 10番 『後撰集』雑一・1089)
    に出てくる京都と大津の境にあった古代の関所で、男女が「逢う」…すなわち関係を持つことを暗に指しています。つまり、あなたと関係を持てなくて惜しかったですという意味がこめられています。
    当意即妙の教養を盛り込んだ歌を返すとは、さすが清少納言。ずば抜けた知性を感じさせます
    清少納言と藤原行成の機知に富んだやり取りはたちまち宮中で話題になります。さすがは清少納言。教養の深い女性だと。
    片や 藤原行成は当代の能書家として三蹟の一人に数えられ、その書は後世「権蹟」と称された。書道世尊寺流の祖。

    柿右衛門様式1670~1690年代頃に流行したもの濁手色絵 栗鶉文 八角皿 有田皿山 - コピー
    柿右衛門様式濁手 1670~1690年代流行 栗鶉文 色絵八角皿 有田皿山
    洋の東西を問わず 有田でも アウグスト強襲王 カルロジノリ公も 余白の美に傾倒しました。「神のマナ 鶉」は やがて鶏に代わり グッチジノリに至り オロディドッチアでは 余白の美を離れ 手塗りの金彩バンドを強調して 随分欧風になりました。

    旧約聖書 出エジプト記 第16章
    エジプトの地を出て二か月目の十五日に、エリムとシナイとの間にあるシンの荒野にきたが、イスラエルの人々はモーセとアロンにつぶやいた。、「われわれはエジプトの地で、肉のなべのかたわらに座し、飽きるほどパンを食べていた時に、主の手にかかって死んでいたら良かった。あなたがたは、われわれをこの荒野に導き出して、全会衆を餓死させようとしている」。 そのとき主はモーセに言われた、「見よ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない。」。 モーセはイスラエルの人々に言った、「主は夕暮にはあなたがたに肉を与えて食べさせ、朝にはパンを与えて飽き足らせられるであろう。」。 夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。
    神のマナ うずら
    (この絵は狩猟民族的)
    また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。 その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。 イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「マナ(これはなんであろう)」。
    神からの下されもの 尊いマナとうずらは 鶏に代わりました。


    『鶏闘する若いギリシャ人』ジャン=レオン・ジェローム 
    『鶏闘する若いギリシャ人』 ジャン=レオン・ジェローム1 846年、オルセー美術館
    ジャン=レオン・ジェローム(1824年 - 1904年)はフランスの画家・彫刻家。歴史や東方(オリエント地域)の描写を得意とした。
    パリ国立美術学校に入学。1846年、権威あるローマ賞に挑戦するが、最終試験で人物デッサンが不適格とされ落選する。
    技術向上をめざして描かれたのが、アカデミスム美術の規範に沿った習作『闘鶏』(1846年)である。裸身の若者と薄物をまとっただけの娘が闘鶏を眺めており、背景にはナポリ湾が見える。この作品は1847年のサロンに出品され、銅賞を獲得した。『闘鶏』はグレール画塾から興った新ギリシア運動の代表作と見なされております。

    グッチリチャードジノリ(2013年買収)の2014年の新柄。何と 原価75%です。

    品番も2911に変わりました。

    当店のお品は 総て 現地在庫を漁らず(現地では B品の販売があり その混入を避けるため) 欧州代理店を通じて 各メーカーに 発注しております。

    お熟成アインのは ピカピカの 新品です。

    英名 グリーン・コック    

    ジノリの誇り ORO DI DOCCIA 金彩ロゴ
    RG オロディドッチオ ティー (5) 
    当店 ロゴ  初版


    緑色絵を 焼付け後 金転写を焼き付け 金の太巻きラインは 手塗りという 手間隙かけた 本格的作品です。柿右衛門を思わす 赤にわとりを 欧風にした グッチジノリ会心の新作。手塗り・ハンドトランスファー 併用

    ベッキオシェープ
    ベッキオとは 古い伝統の という意味です。今でこそベッキオシェイプは ジノリの十八番と なっておりますが 洋食器ファンの ご明察どおり 昔から たくさんの 銘窯で焼かれており マイセン(#02)や ロイヤルコペンハーゲン(カーブ) ヘレンド(ロカイユ)等でも 現在まで 継続 存在しており 慣れ親しまれたシェイプです。



    他店ロゴ
    RG オロディドッチオ ティー (5) 今作RG オロディドッチオ ティー (1) 今作
    他店


    RG オロディドッチオ ティー (1)
    当店 初版

    雄雄しく 歴史に名を連ねた 覇者達 彼らが 歴史の頂点を 極めた時 王者に相応しい 王者の尊厳に そむかぬものを求めて 白い黄金にたどり着く。

    「悠久の歴史の中に埋もれし 英雄・姫妃との出会い」 コチラをクリック してください。

    イタリアで初めて磁器焼成に成功したのは 1720年 ベネツィアのヴェッツィ兄弟窯でした。兄弟は マイセンから ウィーン窯の前身 デュ・パキエ窯を経た アルカニストを名乗るフンガーの売り込みを 信じて受け入れました。フンガーは マイセンのカオリンを まんまとせしめ 初めて磁器焼成に成功しました。(彼は 以後 報奨金を求めて 転々とするのですが カオリンに恵まれず 一度も成功しておりません。ロイヤルコペンハーゲンへも 売込みをかけましたが いかがわしい噂のある男として 受け入れられませんでした。流れ流れてロシア・ペテルブルグで エリザベータ女帝に 1744年 王立窯を 開かせました。ここでもカオリンに恵まれず 4年で追放されました。皮肉なことにその直後に モスクワ近くで カオリンが 発見されました。)フンガーが 唯一 成功したヴェッツィ窯も マイセンのカオリンを止められて 10年を経たずして 廃窯しております。
    次に 現存する ジノリが 1735年 フィレンツェ郊外の ドッチアに カルロ・ジノリ侯によって 開窯されました。侯は 帝立ウィーン窯の前身 デュ・パキエ窯からヨハン・ツィルンフェルトを受け入れ 湧き上がる ヨーロッパ白磁戦争に 堂々と参戦しました。

    ハプスブルク王家や ナポレオン治世下を経た 両シチリア王国フェルディナンド1世治世下のナポリ窯 (カポデモンテ)を 1834年ジノリが買収。モールドを継承した正式な継承ですから 復刻にナポリ王冠窯印 Ginori を施したものは 正当です。ただここからが問題ですが ジノリは ナポリを訪れる観光客への 街道沿いのお土産屋からの注文依頼で モニュメント的なオブジェ,ベースや キャンドルスタンド等のモールドを作り ナポリ王冠窯印Ginoriを 施した贋作を作ります。お土産業者は 仕入れ価格の6倍でも売れるのに味を占め よりアンティックに見せる為 Ginori の施印まで外させたほどです。只ジノリも面白くないのか ナポリ王冠等とても雑で 一目でお土産品ですよと判ります。日本の清水で売られる中国製の清水焼?に 「清水」としか書かれてない手合と同じです。「ジノリ社は (マリア・アマリア)カポデモンテ窯の継承を言いますが 正式にはナポリ窯(マリア・カロリーナ)のカポデモンテを継承したのです。直 この不名誉なカポデモンテ贋作製造について ジノリ社史は あえて触れておりません。」

    当初 灰色味がかっていた白磁も 1790年頃からリモージュのカオリンを 用いる事で完璧な白磁を完成させております。
    1869年には リチャード社を合併して 今のリチャードジノリ社になりました。(とジノリ社史はいいますが 真相は ジノリ家内の領地争いの中、ミラノの陶芸家、アウグスト・リチャードに 身売りしたのが 社名の頭から判ります。)
    特筆されることは 1920年頃 アート・ディレクターに ジオ・ポンティを招聘して新しい芸術性豊な 作品群を ものにして 名声を高めたことです。


  • リチャードジノリ・赤にわとり クリーマー 115cc 30%Off
    リチャードジノリ・赤にわとり  クリーマー 115cc 30%Off
    16,632円
    本体価格: ¥22.000

    写真をクリックすると ドッチア窯 金ロゴが見られます。

    伊名 ギャリ・ロッシ 
    英名 レッド・コック    

    ジノリの誇り ドッチア窯 金ロゴ
    朱色絵を 焼付け後 金転写を焼き付け 金と朱のラインは 手描きという 手間隙かけた 本格的作品です。柿右衛門を思わす 余白の美(アウグスト強襲王も 大絶賛)が 西洋でも 日本でも享けるようです。

    ベッキオシェープ

    お店で 赤にわとりを 見たお客さんが言われます。
    美しいですね。

    私は お答えします。
    二代目 ジノリ侯のお眼にかない 二百数十年生き続けた 美術品です。それにしても 手描き金彩 余白美に満ちた この器を見て 美しいと言われる 貴方のお眼眼は 時空を超えて 侯のお眼眼と 一体です。

    貴方の眼に キラリと光る 未だ知らぬ一品
    いわれを聞けば 納得の逸品
    古の栄華の人との 美の追求と共有
    喜びは やがて秘かな誇りへと 
    歴史は 今貴方と駆ける。


    ティーポット 600cc 47250→33075円
    クリーマー 230cc 30450→21315円 
    シュガー 205cc  26250→18375円
  • リチャードジノリ・赤にわとり クリーマー 230cc 30%Off
    リチャードジノリ・赤にわとり  クリーマー 230cc 30%Off
    21,924円
    本体価格: ¥29.000

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    伊名 ギャリ・ロッシ 
    英名 レッド・コック    

    ジノリの誇り ドッチア窯 金ロゴ
    朱色絵を 焼付け後 金転写を焼き付け 金と朱のラインは 手描きという 手間隙かけた 本格的作品です。柿右衛門を思わす 余白の美(アウグスト強襲王も 大絶賛)が 西洋でも 日本でも享けるようです。

    ベッキオシェープ

    お店で 赤にわとりを 見たお客さんが言われます。
    美しいですね。

    私は お答えします。
    二代目 ジノリ侯のお眼にかない 二百数十年生き続けた 美術品です。それにしても 手描き金彩 余白美に満ちた この器を見て 美しいと言われる 貴方のお眼眼は 時空を超えて 侯のお眼眼と 一体です。

    貴方の眼に キラリと光る 未だ知らぬ一品
    いわれを聞けば 納得の逸品
    古の栄華の人との 美の追求と共有
    喜びは やがて秘かな誇りへと 
    歴史は 今貴方と駆ける。


    ティーポット 600cc 47250→33075円
    クリーマー 115cc 23100→16170円 
    シュガー 205cc  26250→18375円
  • リチャードジノリ 【赤にわとり(レッドコック)】  ティーC/S  35%Off
    リチャードジノリ 【赤にわとり(レッドコック)】  ティーC/S  35%Off
    12,636円

    本体価格: ¥18.000

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    通常30%Off お歳暮ギフトフェア ( 本日~12/10)  35%Off         

    お熟成価格は 安くて美味しい。お熟成ワインは ボージョレヌーボーより美味しいですが プレミアムが付いた分 高くなる。何故 お熟成アインは 安くなるんですか ? お熟成のプレミアムも お客様に差し上げているからです。

    主だったお店を調べましたが どうやら旧新品在庫は お熟成アインにしかないようです。
    グッチシノリ社は 安売りをして倒産するのは嫌だと公言して プライスを大幅に上げております。苦労していれても 割引ができません。損を覚悟で10%ffがせいぜいです。
    それではお熟成アインは何故 お安いのでしょう ? それは売るのが下手で旧ジノリ社のお品がまだあるからです。大概のお店は 色々な宣伝広告をしたり ポイントをつけたりしてさばいていかれます。売り下手のアインは ひたすらお熟成 お値打ちのつくのを待ちます。お陰で 今では これだけの美品は手に入りません。お熟成アインの真骨頂 ! !   

    夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ 清少納言(62番) 『後拾遺集』雑・940
    清少納言と藤原行成のざれ誘いを当意即妙に受け答えしている歌です。2人は宮中で冗談を言い合ったりする、仲のいい関係でしたから 軽いたわむれの歌です。
    清少納言 百人一首画帖:国立博物館蔵
    清少納言 百人一首画帖:国立博物館蔵

    蔵人頭の藤原行成が、中宮定子の御座所で夜更けまで女房たちと語らっていました。深夜2時頃(草木も眠る丑三つ時)、明日は宮中で物忌(陰陽道の禁忌の一種。災いから免れるため,一定期間食事や行動を慎み,不浄を避け,家内にこもることをいう。)が行われるからと行成は帰っていきました。先に帰った藤原行成が、明け方に清少納言へ言い訳の文をよこしてきました。曰く「鶏の鳴き声にせかされてしまって昨夜はいそいそと帰ってしまいました」
    清少納言は「うそおっしゃい。中国の函谷関の故事にある、鶏の空鳴きでしょう」と答えます。
    「函谷関の故事」というのは、中国の史記にある孟嘗君の話です。秦国に入って捕まった孟嘗君が逃げるとき、一番鶏が鳴くまで開かない函谷関の関所を、鳥の鳴き真似上手な部下に鶏の鳴き真似をさせたのでした。すると関守は、「もう朝か」と勘違いし、門を開けます。そのおかげで孟嘗君一行は逃げ延び、命が助かりました。いかにも漢文の教養が深かった清少納言らしく、司馬遷の『史記』にある孟嘗君の故事をふまえた返事です。
    清少納言の機知に富んだ文に行成は「関は関でも、あなたに逢いたい逢坂の関ですよ」と弁解します。
    そこで清少納言が詠んだのがこの歌です。
     夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ
    「鶏の鳴き真似で、函谷関の関守は騙せたとしても、この逢坂の関は絶対開きませんよ。私はそうはいきませんよ。」
    逢坂の関は蝉丸の歌(これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 蝉丸 10番 『後撰集』雑一・1089)に出てくる京都と大津の境にあった古代の関所で、男女が「逢う」…すなわち関係を持つことを暗に指しています。つまり、あなたと関係を持てなくて惜しかったですという意味がこめられています。
    即座にこれだけの教養を盛り込んだ歌を返すとは、さすが清少納言。ずば抜けた知性を感じさせます
    清少納言と藤原行成の機知に富んだやり取りはたちまち宮中で話題になります。さすがは清少納言。教養の深い女性だと。
    片や 藤原行成は当代の能書家として三蹟の一人に数えられ、その書は後世「権蹟」と称された。書道世尊寺流の祖。
    紫陽花双鶏図 伊藤若冲筆 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
    紫陽花双鶏図 伊藤若冲筆 1759年 宮内庁三の丸尚蔵館蔵

    伊名 ギャリ・ロッシ 
    英名 レッド・コック    

    ジノリの誇り ドッチア窯 金ロゴ
    朱色絵を 焼付け後 金転写を焼き付け 金と朱のラインは 手描きという 手間隙かけた 本格的作品です。
    柿右衛門を思わす 余白の美(アウグスト強襲王も 大絶賛)が 西洋でも 日本でも享けるようです。
    粟鶉図 八角鉢 柿右衛門 江戸時代1670年 濁手
    粟鶉文 八角鉢 柿右衛門 濁手 江戸時代1670年頃 
    日本で流行した有田の粟鶉文を 余白の美に傾倒する カルロジノリ公もお気に入り 写しました。「神のマナ 鶉」 は やがて鶏に代わり この「赤にわとり」になりました。グッチジノリに至り オロディドッチアでは 余白の美を離れ 随分欧風になりました。

    旧約聖書 出エジプト記 第16章
    エジプトの地を出て二か月目の十五日に、エリムとシナイとの間にあるシンの荒野にきたが、イスラエルの人々はモーセとアロンにつぶやいた。、「われわれはエジプトの地で、肉のなべのかたわらに座し、飽きるほどパンを食べていた時に、主の手にかかって死んでいたら良かった。あなたがたは、われわれをこの荒野に導き出して、全会衆を餓死させようとしている」。 そのとき主はモーセに言われた、「見よ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない。」。 モーセはイスラエルの人々に言った、「主は夕暮にはあなたがたに肉を与えて食べさせ、朝にはパンを与えて飽き足らせられるであろう。」。 夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。
    神のマナ うずら
    (農耕民族的)
    また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。 その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。 イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「マナ(これはなんであろう)」。
    神からの下されもの 尊いマナとうずらは 鶏に代わりました。
    ベッキオシェープ
    ベッキオとは 古い伝統の という意味です。今でこそベッキオシェイプは ジノリの十八番と なっておりますが 洋食器ファンの ご明察どおり 昔から たくさんの 銘窯で焼かれており マイセン(#02)や ロイヤルコペンハーゲン(カーブ) ヘレンド(ロカイユ)等でも 現在まで 継続 存在しており 慣れ親しまれたシェイプです。

    お店で 赤にわとりを 見たお客さんが言われます。
    美しいですね。

    私は お答えします。
    二代目 ジノリ侯のお眼にかない 二百数十年生き続けた 美術品です。それにしても 手描き金彩 余白美に満ちた この器を見て 美しいと言われる 貴方のお眼眼は 時空を超えて 侯のお眼眼と 一体です。

    今作 間に合わせ 黄色ロゴ
    レッドコック 他店 ロゴ 
    RG 赤にわとり ティー 2995-1 今作
    今作

    RG 赤にわとり ティー 2995 (1)A
    旧作 当店


    <a href="http://einsshop.blog43.fc2.com/blog-entry-9026.html" target="_blank" title="「欧州磁器戦争史 (リチャードジノリ)」 詳しくは コチラをクリック">「欧州磁器戦争史 (リチャードジノリ)」 詳しくは コチラをクリック</a> してください。


    「洋食器ーそれは交響楽(オーケストラ)です。」


    そして それはヨーロッパ文化の論理的価値観の体現(具体的表現)にほかなりません。
    各々が 各々を 最善に主張しながら 全体の場を 相乗的に盛り上げます。
    洋食器は ヨーロッパの 論理的価値観が生み出した 交響楽 そのものです。
    洋食器店 そう呼べるのが アインです。
    なぜ アインが?
    それは まごうことなき洋食器が 所を得て キラ星の如くあるからです。
    作る人 商う人 購う人 この三者の 苦しくも 楽しき努力は 
    振舞われる人の いともたやすき理解 感嘆となるでしょう。
    オーケストラ それは洋食器です。
    されど洋食器の殿堂 それは黙して奏でます。
    美しき妖精達は 美しき日本の貴方の琴線に 触れずにはおかないでしょう。



  • リチャードジノリ 【赤にわとり(レッドコック)】  26cmプレート 35%Off
    リチャードジノリ 【赤にわとり(レッドコック)】  26cmプレート 35%Off
    10,530円

    本体価格: ¥15.000

    小さい写真をクリックすると 拡大します。  


    お熟成価格は 安くて美味しい。お熟成ワインは ボージョレヌーボーより美味しいですが プレミアムが付いた分 高くなる。何故 お熟成アインは 安くなるんですか ? お熟成のプレミアムも お客様に差し上げているからです。


    主だったお店を調べましたが どうやら旧新品在庫は お熟成アインにしかないようです。
    クッチシノリ社は 安売りをして倒産するのは嫌だと公言して プライスを大幅に上げております。苦労していれても 割引ができません。損を覚悟で10%ffがせいぜいです。
    それではお熟成アインは何故 お安いのでしょう ? それは売るのが下手で旧ジノリ社のお品がまだあるからです。大概のお店は 色々な宣伝広告をしたり ポイントをつけたりしてさばいていかれます。売り下手のアインは ひたすらお熟成 お値打ちのつくのを待ちます。お陰で 今では これだけの美品は手に入りません。お熟成アインの真骨頂 ! !   

    夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ 清少納言(62番) 『後拾遺集』雑・940
    清少納言と藤原行成のざれ誘いを当意即妙に受け答えしている歌です。2人は宮中で冗談を言い合ったりする、仲のいい関係でしたから 軽いたわむれの歌です。
    清少納言
    清少納言

    蔵人頭の藤原行成が、中宮定子の御座所で夜更けまで女房たちと語らっていました。深夜2時頃(草木も眠る丑三つ時)、明日は宮中で物忌(陰陽道の禁忌の一種。災いから免れるため,一定期間食事や行動を慎み,不浄を避け,家内にこもることをいう。)が行われるからと行成は帰っていきました。先に帰った藤原行成が、明け方に清少納言へ言い訳の文をよこしてきました。曰く「鶏の鳴き声にせかされてしまって昨夜はいそいそと帰ってしまいました」
    清少納言は「うそおっしゃい。中国の函谷関の故事にある、鶏の空鳴きでしょう」と答えます。
    「函谷関の故事」というのは、中国の史記にある孟嘗君の話です。秦国に入って捕まった孟嘗君が逃げるとき、一番鶏が鳴くまで開かない函谷関の関所を、鳥の鳴き真似上手な部下に鶏の鳴き真似をさせたのでした。すると関守は、「もう朝か」と勘違いし、門を開けます。そのおかげで孟嘗君一行は逃げ延び、命が助かりました。いかにも漢文の教養が深かった清少納言らしく、司馬遷の『史記』にある孟嘗君の故事をふまえた返事です。
    清少納言の機知に富んだ文に行成は「関は関でも、あなたに逢いたい逢坂の関ですよ」と弁解します。
    そこで清少納言が詠んだのがこの歌です。
    夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ
    「鶏の鳴き真似で、函谷関の関守は騙せたとしても、この逢坂の関は絶対開きませんよ。私はそうはいきませんよ。」
    逢坂の関は10番蝉丸の歌に出てくる京都と大津の境にあった古代の関所で、男女が「逢う」…すなわち関係を持つことを暗に指しています。つまり、あなたと関係を持てなくて惜しかったですという意味がこめられています。
    即座にこれだけの教養を盛り込んだ歌を返すとは、さすが清少納言。ずば抜けた知性を感じさせます
    清少納言と藤原行成の機知に富んだやり取りはたちまち宮中で話題になります。さすがは清少納言。教養の深い女性だと。
    片や 藤原行成は当代の能書家として三蹟の一人に数えられ、その書は後世「権蹟」と称された。書道世尊寺流の祖。
    若冲
    伊藤若冲筆 1759年 

    伊名 ギャリ・ロッシ 
    英名 レッド・コック  

    ジノリの誇り ドッチア窯 金ロゴ
    朱色絵を 焼付け後 金転写を焼き付け 金と朱のラインは 手描きという 手間隙かけた 本格的作品です。
    柿右衛門を思わす 余白の美(アウグスト強襲王も 大絶賛)が 西洋でも 日本でも享けるようです。
    粟鶉文 八角鉢 柿右衛門 濁手 江戸時代1670年頃
    柿右衛門様式1670~1690年代頃に流行したもの濁手色絵 栗鶉文 八角皿 有田皿山 - コピー
                             色絵 栗鶉文 八角皿 有田皿山 
    日本で流行した有田の粟鶉文を 余白の美に傾倒する カルロジノリ公もお気に入り 写しました。「神のマナ 鶉」 は やがて鶏に代わり この「赤にわとり」になりました。グッチジノリに至り オロディドッチアでは 余白の美を離れ 随分欧風になりました。

    旧約聖書 出エジプト記 第16章
    エジプトの地を出て二か月目の十五日に、エリムとシナイとの間にあるシンの荒野にきたが、イスラエルの人々はモーセとアロンにつぶやいた。、「われわれはエジプトの地で、肉のなべのかたわらに座し、飽きるほどパンを食べていた時に、主の手にかかって死んでいたら良かった。あなたがたは、われわれをこの荒野に導き出して、全会衆を餓死させようとしている」。 そのとき主はモーセに言われた、「見よ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない。」。 モーセはイスラエルの人々に言った、「主は夕暮にはあなたがたに肉を与えて食べさせ、朝にはパンを与えて飽き足らせられるであろう。」。 夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。
    神のマナ うずら
    また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。 その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。 イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「マナ(これはなんであろう)」。
    神からの下されもの 尊いマナとうずらは 鶏に代わりました。


    ジャン=フランソワ・ミレー「春(ダフニスと雛に餌をやるクロエ)」1865年国立西洋美術館
    「春(ダフニスと雛に餌をやるクロエ)」 ジャン=フランソワ・ミレー 1865年 国立西洋美術館
    『ダフニスとクロエ』は、古代ギリシャの詩人ロンゴスが書いた恋愛物語。幼くして捨てられ、牧人に育てられたダフニスとクロエの成長と愛の成就が語られています。ミレーは「春」のテーマに幼い愛の芽生えをとりあげ、柔らかい色調と筆遣いで無垢な二人と牧歌的な光景を描いています。《春》は装飾画「四季」のうちの1点で、身近な自然や農民などを描いたミレーの作品のなかでも、古典的傾向の強い作品です。

    ジャン=フランソワ・ミレー(1814年 - 1875年)は、19世紀のフランスの画家。
    パリの南方約60kmのところにある、フォンテーヌブローの森のはずれのバルビゾン村に定住し、風景や農民の風俗を描いた画家たちが「バルビゾン派」と称されているが、ミレーらが代表的な画家とされる(カミーユ・コローも先駆者に数えられる)。ミレーのおかげで忘れられてきたヨハネス・フェルメールの作品も評価された。
    バルビゾン派の中でも、大地とともに生きる農民の姿を崇高な宗教的感情を込めて描いたミレーの作品は早くから日本に紹介され、農業国である日本の風土と相まって特に親しまれた。
    『種まく人』1850年 ボストン美術館
    『種まく人』 ミレー 1850年 ボストン美術館
    ミレーの代表作のひとつである『種まく人』が岩波書店のシンボルマークとして採用されたのは1933年(昭和8年)のことであった。1977年(昭和52年)、その『種まく人』がサザビーズのオークションで競り落とされ、日本に請来された時は大いに話題になった。
    『種まく人』 1865 ウォルターズ美術館
    『種まく人』 ミレー 1865 ウォルターズ美術館
    ミレーの『種まく人』は 2枚あったのですね。ではどちらが日本に来たのか ? 調べました。実は同名の作品は3枚あったのです。
    粗野ですが躍動感のあるこちらが サロンに出展し入選した作品ではないかとのことです。後作ほど洗練が見える ? (岡本)
    山梨県立美術館
    『種まく人』 ミレー 1850年 山梨県立美術館


    RG 赤にわとり 26cp 0115今作
    今作 版が粗い 

    RG 赤にわとり 26cp 0115 (1)
    旧作 当店


    ベッキオシェープ
    ベッキオとは 古い伝統の という意味です。今でこそベッキオシェイプは ジノリの十八番と なっておりますが 洋食器ファンの ご明察どおり 昔から たくさんの 銘窯で焼かれており マイセン(#02)や ロイヤルコペンハーゲン(カーブ) ヘレンド(ロカイユ)等でも 現在まで 継続 存在しており 慣れ親しまれたシェイプです。

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    美しいですね。

    私は お答えします。
    二代目 ジノリ侯のお眼にかない 二百数十年生き続けた 美術品です。それにしても手描き金彩 余白美に満ちた この器を見て 美しいと言われる 貴方のお眼眼は 時空を超えて 侯のお眼眼と 一体です。


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    イタリアで初めて磁器焼成に成功したのは 1720年 ベネツィアのヴェッツィ兄弟窯でした。兄弟は マイセンから ウィーン窯の前身 デュ・パキエ窯を経た アルカニストを名乗るフンガーの売り込みを 信じて受け入れました。フンガーは マイセンのカオリンを まんまとせしめ 初めて磁器焼成に成功しました。(彼は 以後 報奨金を求めて 転々とするのですが カオリンに恵まれず 一度も成功しておりません。ロイヤルコペンハーゲンへも 売込みをかけましたが いかがわしい噂のある男として 受け入れられませんでした。流れ流れてロシア・ペテルブルグで エリザベータ女帝に 1744年 王立窯を 開かせました。ここでもカオリンに恵まれず 4年で追放されました。皮肉なことにその直後に モスクワ近くで カオリンが 発見されました。)フンガーが 唯一 成功したヴェッツィ窯も マイセンのカオリンを止められて 10年を経たずして 廃窯しております。

    次に 現存する ジノリが 1735年 フィレンツェ郊外の ドッチアに カルロ・ジノリ侯によって 開窯されました。侯は 帝立ウィーン窯の前身 デュ・パキエ窯からヨハン・ツィルンフェルトを受け入れ 湧き上がる ヨーロッパ白磁戦争に 堂々と参戦しました。


    ハプスブルク王家や ナポレオン治世下を経た 両シチリア王国フェルディナンド1世治世下のナポリ窯 (カポデモンテ)を 1834年ジノリが買収。モールドを継承した正式な継承ですから 復刻にナポリ王冠窯印 Ginori を施したものは 正当です。ただここからが問題ですが ジノリは ナポリを訪れる観光客への 街道沿いのお土産屋からの注文依頼で モニュメント的なオブジェ,ベースや キャンドルスタンド等のモールドを作り ナポリ王冠窯印Ginoriを 施した贋作を作ります。お土産業者は 仕入れ価格の6倍でも売れるのに味を占め よりアンティックに見せる為 Ginori の施印まで外させたほどです。只ジノリも面白くないのか ナポリ王冠等とても雑で 一目でお土産品ですよと判ります。日本の清水で売られる中国製の清水焼?に 「清水」としか書かれてない手合と同じです。「ジノリ社は (マリア・アマリア)カポデモンテ窯の継承を言いますが 正式にはナポリ窯(マリア・カロリーナ)のカポデモンテを継承したのです。直 この不名誉なカポデモンテ贋作製造について ジノリ社史は あえて触れておりません。」


    当初 灰色味がかっていた白磁も 1790年頃からリモージュのカオリンを 用いる事で完璧な白磁を完成させております。
    1869年には リチャード社を合併して 今のリチャードジノリ社になりました。(とジノリ社史はいいますが 真相は ジノリ家内の領地争いの中、ミラノの陶芸家、アウグスト・リチャードに 身売りしたのが 社名の頭から判ります。)
    特筆されることは 1920年頃 アート・ディレクターに ジオ・ポンティを招聘して新しい芸術性豊な 作品群を ものにして 名声を高めたことです。






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    英名 レッド・コック    

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    ベッキオシェープ
    ベッキオとは 古い伝統の という意味です。今でこそベッキオシェイプは ジノリの十八番と なっておりますが 洋食器ファンの ご明察どおり 昔から たくさんの 銘窯で焼かれており マイセン(#02)や ロイヤルコペンハーゲン(カーブ) ヘレンド(ロカイユ)等でも 現在まで 継続 存在しており 慣れ親しまれたシェイプです。

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